はじめに
投手が試合後に肩やひじを氷などで冷やすアイシング。今やコンディショニングの面で当然しなければいけない当たり前のこととして選手や指導者に受け入れられています。
アイシングが疲労回復に良いと提唱されはじめたのは1970年代からで、現在でもスポーツ選手だけではなく、小中学生から一般の方々まで広く普及しています。
しかしながら近年は、そのアイシングの効果に疑問をもつ専門家も多くみられるようになってきました。
今回は、いまだ解明されていない部分の多い「アイシング」について、そのデメリットとメリットを紹介していきたいと思います。
(笠原の文献より引用)
これまで考えらえてきたアイシングの目的と効果
アイシングの効果として、これまで言われてきたことは、「炎症を抑える」「腫れを抑える」「痛みを軽減する」「血流のコントロール」「筋の緊張を抑える」といったものです。
一般的には、ねんざや肉離れ、デッドボールなど(スポーツ外傷)の場合、アイシングを行うことで患部の炎症を抑え、腫れや痛みを軽減しようとします。
投手の登板後などは、ダメージを受けた肩やひじを冷やすことで「最初、血管が縮み、その後、反射によって血管が広がることで血液中の老廃物が流れる。」といったようなイメージでアイシングを行っている選手もいるでしょう。
また、指導者にやれと言われたからやっている、周りの選手もやっているから何となくやっている、という場合も多いかもしれません。
アイシング効果のホントのところ
さて、アイシングの効果、実際のところどうなのでしょうか?
結論を述べますと、近年の研究報告では「アイシングによる効果は疑わしい」というのが欧米では一般的になっているようです。
さらに、ケガをした時に行うべき処置としてRICE(安静、冷却、圧迫、挙上)を提唱したDr.Mirkinさんも2014年になって「安静とアイシングは、おそらく治癒を助けるのではなく遅らせる、私は間違っていた」と言っているということですから、これまでの常識が覆されつつあるというのが現状かもしれません。
炎症を抑えることの問題点
ボールを数多く投げると、肩まわりの筋肉がダメージを受けてしまいます。筋肉が傷ついてしまうと、それを修復しようと体の細胞内で様々な反応が起こるのですが、その修復過程におこる反応の一つが「炎症」です。
アイシングによって、この「炎症」を抑えるとどうなるでしょう。
「炎症」が抑えられると、細胞内で行われる修復のための反応も抑えられることになります。その結果、ダメージから回復するまでの時間が長くかかってしまう、ということになります。
早く傷を治そうと思って行っていたアイシングが、実はその逆の結果を招いていたということです。
まだあるアイシングによるデメリット
ケガからの回復を速めるためには血流の増加が必要ですが、アイシングで冷やすと血流が減少します。血流の減少は、回復を妨げ慢性痛や再受傷の可能性を高めてしまいます。同様にアイシングは、リンパ液の流れも邪魔してしまうので、むくみの改善や痛みからの回復を遅らせてしまう可能性があります。
30分以上の長時間のアイシングは、神経にダメージを残すこともあり、場合によっては神経麻痺を起こすケースもあります。
ねんざ(靭帯損傷)のあとのアイシングは今や常識ですが、過度なアイシングは靭帯への血液供給を阻害してしまいます。もともと血液供給が少ない靭帯の回復をさらに遅くしてしまうかもしれません。
ある研究では、トレーニング後にアイシングをすると筋力増強効果が低下する、といった結果もあります。「投球後のアイシングが筋力増強の妨げになっている」と簡単に言うことは出来ませんが、もしかしたらそのようなデメリットもあるのかもしれません。
アイシングをすると痛みの感覚が鈍ります。特にジュニア期の野球選手が痛みをごまかすためにアイシングを続けていると、野球肩・野球ひじのような重大なケガの発見を遅らせてしまう原因となる場合があります。
アイシングのメリット
ここまで、たくさんのデメリットの例を挙げましたが、アイシングにもメリットがあります。
【痛みを軽減する】
アイシングをすると、神経の働きが低下するので、痛みを感じにくくなります。
肩の脱臼をした時などは激痛が走りますが、そのようなときはアイシングを行って痛みを軽減させると、後の処置をスムーズにさせることができます。
たとえば、脱臼をしてすぐ病院で整復してもらわなければいけない時に強い痛みがあると、筋肉が緊張して、整復が難しくなってしまいます。このとき、アイシングで痛みを軽減することができれば、緊張も緩み、整復がしやすくなるのです。
【筋肉の温度(筋温)を下げる】
真夏の暑い太陽のもとで行う試合では、筋温も上昇します。筋が火照った状態では無駄なエネルギーを消費するので、疲れてパワーも低下してしまいます。そんなときは、火照った筋をアイシングで冷ますことで無駄なエネルギー消費を抑え、パフォーマンスの低下を防ぐことができます。
逆に熱くも寒くもない快適な環境での試合でアイシングをすると、動きが鈍くなってしまいますので注意が必要なところです。
【イニング間の3分間アイシング】
笠原は、「投球後、イニング間に3分間アイシングをした後に、疲れない程度ウォーミングアップとしてのキャッチボールを行うとどういう効果があるか」という研究を行ったところ、次のような結果が得られたということです。(図1)
- 次のイニングの球速が落ちない
- 翌日の肩関節の可動域低下が少ない
- 疲労感が低い
(図1)
イニング間のアイシング、やってみてもいいかもしれませんね。
アイシングをする時の注意点
患部に感覚障害がある場合などは、冷えすぎによる凍傷や神経損傷のリスクがあります。また、30分以上の過度なアイシングは逆効果になることがあります。
まとめ
中日ドラゴンズで現役投手として50歳まで投げ続け、219勝をあげた山本昌さんは、「アンチ・アイシング」としても有名です。著書「ピッチングマニア」のなかで、山本さんは、次のよう述べています。
「アイシングをした翌日、なんだか重い感覚が残るのです。そこで、20代後半ごろから、アイシングをやらないようにしました。(中略)アイシングは必須ではない。アイシングをやったとき、自分の体がどう反応するのか。翌日、どんな感覚が残るのか。それは、自分自身にしかわからないこと。だからこそ、いろいろな方法を試すことをおすすめします。」
まだまだ分からないことの多い「アイシング」ですが、それぞれの状況に応じて最適な選択をすることでパフォーマンスアップ、障害予防ができると思います。
【参考文献】
- 山本利春/戦略的リカバリーの考え方と実際/スポーツメディスン・2015
- 山本利春/普及したアイシングとその注意点/トレーニングジャーナル・2003
- 笠原政志/アスリートに必要なアイシングの方法-上肢-/臨床スポーツ医学・2015
- 馬見塚尚孝/「野球医学」の教科書/ベースボールマガジン社・2012
- 阿部正道/MLBにおける選手のリカバリー・コンディショニングの現状(2)/スポーツメディスン・2016
- 三木貴弘/アイシングの有効性をめぐる文献的考察/スポーツメディスン・2015
- 川田茂雄/アイシング/トレーニングジャーナル・2012
- 山本昌/ピッチングマニア/Gakken・2016
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