月刊「おきなわ野球大好き」2017年8月号の記事です。
テーマは「ハムストリングス肉離れ」です。
ハムストリングス肉離れ
肉離れは、野球のプレー中によく見かける、あるいは経験するスポーツ外傷の一つです。頻度の高い部位は大腿部後面の筋肉(ハムストリングス)です。
プロ野球では、開幕直後に大谷翔平選手(日ハム)が左ハムストリングスの肉離れを起こし、6月に打者としてようやく復帰しました。
読売巨人軍は昨年、独自のけが予防マニュアル本「太もも・ふくらはぎ肉離れ予防マニュアル」を作成し、選手の肉離れ予防に力を入れはじめました。
肉離れが起こりやすい場面は、大谷選手が痛めた時のように、ファーストベースを強く踏み込み、駆け抜ける瞬間や着地動作の瞬間などです。
このようなとき、ハムストリングスは縮もうとしながらも引き伸ばされる状態になっています。この収縮形態を遠心性収縮と言います。(図1)。
遠心性収縮では、より大きな力が働くために損傷の危険性が大きくなります。また、着地による反動から上体、骨盤が前傾することで、そこに付着しているハムストリングスがさらに伸ばされることになり、大きな負荷を受けてしまうわけです。
ランニング中、ハムストリングスは、緊張とリラックスを目まぐるしく繰り返します。
緊張とリラックスのスピーディーな切り替えが大事になるわけですが、様々な理由でこの切り替えに誤作動(神経‐筋協調性失調)が生じることがあります。つまり、力を発揮すべきタイミングがずれてしまったり、リラックスすべきときに逆に緊張してしまったりする場合があるのです。
このような誤作動による肉離れは、ハムストリングスの筋力不足や柔軟性低下、ウォーミングアップやクーリングダウンの不足、疲労の蓄積などが絡んで起こると言われています。
ですから、肉離れを予防するには、これらの要因を全て解消していく必要があるわけですね。
☆肉離れの応急処置☆
受傷直後から72時間まではRICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)を徹底しましょう。(図2)その際、出来るだけ膝を曲げて行います。RICE処置を怠ると、出血が多くなり、後で瘢痕化し違和感が残りやすくなります。痛みが強く、歩行が困難な場合は松葉杖を用いる場合もあります。
☆MRIによる重症度分類☆
近年、MRIの画像診断による肉離れの重症度分類が確立してきており、復帰までの期間もある程度予測がつきます。
復帰までの期間は、タイプによって2週間以内、約6週間、5カ月以上と大きく異なります。またⅢ型(腱断裂型)のような重症の場合は手術も考慮する場合があります。(図3)
図3
症状が強い場合は安易な自己判断に頼らず、専門医できちんと検査し、復帰までの道筋をはっきりさせることが大切です。(図4)
図4
※(図1、3、4)は、奥脇透「肉離れの診断と治療」より引用
☆ハムストリングス肉離れのチェックポイント☆
受傷直後は、うつ伏せで膝関節が十分伸ばせるかどうかを見ます(図5)。Ⅲ型では、痛みで膝が完全には伸ばせません。また、損傷部を押しての痛み、腫れ、筋肉の硬さが重症度に応じて見られます。膝が十分伸ばせるなら、仰向けで膝を伸ばしたまま足を上げて痛みの出る角度をチェックしましょう(図6)。重症ほど左右差は大きくなります。
☆復帰に向けたトレーニング☆
肉離れのリハビリは、急性期(受傷後の3~5日)が落ち着き、 歩行などの日常動作が可能になった時点で開始します。
ストレッチ、筋力トレーニング、神経-筋協調性トレーニング(ラダー、ミニハードルなど)、股関節、体幹を中心とした患部外トレーニング、ランニング動作の確認などなど。一つのトレーニング方法に偏らず、多様なトレーニングを行いましょう。
その際、段階的に負荷量や回数を上げていき、回復状況に応じたトレーニング方法を選択する必要があります。負荷を上げていくときは、痛みがあるかどうかを目安に判断してください。
◆肉離れに対するトレーニングの例◆
【第一段階】
野球動作は痛みに注意しながら軽めに開始(キャッチボール、素振り、トスバッティング、バント練習など)
【第二段階】
切り返し動作、ミニハードル
ラダートレーニング
単純でゆっくりした動作から開始し、徐々に素早く複雑化していく。
【第三段階】
もも上げ、バランストレーニング
ジョギング、ランニング、ジャンプ、各種ステップ
ランニングは狭い歩幅から徐々に開始(小さな動きから大きな動きへ、ゆっくりとした動作から素早い動作へ)
【ノルディックハムストリングス】
パートナーに足を押さえてもらい、スピードをコントロールしながら前方へ倒れこむ。
【第四段階】
スピードを高めたトレーニング、野球のトレーニング(部分参加)
【第五段階】
全力ランニング、全力ステップ、ダッシュ、野球のトレーニング(全体参加)
☆野球への復帰☆
野球復帰への絶対条件は、ストレッチ痛、圧痛、抵抗運動痛がなくなることです。さらに、ステップ動作やジャンプ、ターン、着地、切り返し動作、盗塁のスタート、コーナリング、投球・捕球動作なども細かくチェックし、敏捷性や持久力の十分な回復が得られたら、復帰への道が開けます。
☆再発予防☆
肉離れは、一度再発すると再発を繰り返し、治りが悪くなる危険性があります。
巨人軍の「肉離れ予防マニュアル」ではストレッチやトレーニングにとどまらず、食事、睡眠、入浴、メンタルなどすべてを網羅しているそうです。肉離れ予防のためには、私生活も含めたコンディショニングが重要だということですね。
【参考文献】
・奥脇透 : 肉離れの診断と治療. 日本臨床スポーツ医学会誌.2016
・奥脇透 : トップアスリートにおける肉離れの実態. 日本臨床スポーツ医学会誌,2009
・桜庭景植ほか : ここが聞きたい!スポーツ診療Q&A. 全日本病院出版会
・山本利春 : 競技復帰に必要なプログラム. 臨床スポーツ医学,2016
・原賢二 : 肉離れのアスレティックリハビリテーション. 医道の日本,2006
・内藤重人 : 肉離れ予防に必要だったこと. Training Journal, 2017
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